embassy seal
U.S. Dept. of State
flag graphic
 

欺まんと抵抗の10年

国際連合に対するサダム・フセインの抵抗

2002年9月12日

序文

 「欺まんと抵抗の10年」は、9月12日の国連総会におけるジョージ・W・ブッシュ大統領のスピーチの背景文書である。この文書では、イラクのサダム・フセイン大統領が、過去10年間、16の国連安全保障理事会決議に、計画的かつ継続的に違反してきたことの具体例を挙げる。この文書は、フセイン政権が何年にもわたって行ってきた国連決議違反その他の違反行為をすべて列記することを目的とするものではない

 サダム・フセインは10年以上にわたり、国連安保理の意志と決議に対する欺まんと抵抗を示してきた。その例としては、化学・生物・核兵器および禁止されている長距離ミサイルの入手と開発の継続、甚だしい人権侵害や非人道的犯罪を含むイラク国民に対する弾圧、国際テロ支援、湾岸戦争時の捕虜および行方不明者の解放または情報提供の拒否、クウェートから略奪した財産の返還拒否、および国連経済制裁に対する妨害行為などがある。

 サダム・フセインが国際社会にもたらす脅威のこうした事例およびその他の側面について、現政権は定期的に情報を提供していく。

目次

矢印 サダム・フセインによる国連決議違反
矢印 サダム・フセインによる大量破壊兵器開発
矢印 サダム・フセインによるイラク国民の弾圧
矢印 サダム・フセインによる国際テロ支援
矢印 サダム・フセインによる湾岸戦争捕虜に関する説明拒否
矢印 サダム・フセインによる略奪財産の返還拒否
矢印 サダム・フセインによる 経済制裁の妨害行為



サダム・フセインによる国連決議違反

 サダム・フセインは、イラクが国際平和と安全保障に脅威をもたらさないようにすることを目的とする16の国連安保理決議(UNSCR)に繰り返し違反してきた。こうした度重なる違反に加え、フセインはこの10年間にわたり、他の多くの決議に反映されている国連の対イラク経済制裁を妨害しようとしてきた。これらの決議に述べられているように、サダム・フセインは、イラク軍のクウェート撤退のほかにも多くの義務の履行を要求された。具体的には、イラクの大量破壊兵器廃棄のための国際兵器査察官による監督を許可すること、新たな大量破壊兵器を開発しないこと、射程距離150キロメートルを超える弾道ミサイルをすべて廃棄すること、テロ支援を停止し、テロ組織のイラク国内における活動を防止すること、クウェート人その他の行方不明者の情報提供に協力すること、クウェートから略奪した財産を返還し、湾岸戦争の損害の財政的責任を負うこと、イラク国民の弾圧をやめること、などを要求された。サダム・フセインは、以下の各決議に繰り返し違反してきた。

国連安保理決議678 - 1990年11月29日

国連安保理決議686  - 1991年3月2日

国連安保理決議687 - 1991年4月3日

国連安保理決議688 - 1991年4月5日

国連安保理決議707 - 1991年8月15日

国連安保理決議715 - 1991年10月11日

国連安保理決議949 - 1994年10月15日

国連安保理決議1051 - 1996年3月27日

国連安保理決議1060 - 1996年6月12日

国連安保理決議1115 - 1997年6月21日

国連安保理決議1134 - 1997年10月23日

国連安保理決議1137 - 1997年11月12日

国連安保理決議1154 - 1998年3月2日

国連安保理決議1194 - 1998年9月9日

国連安保理決議1205 - 1998年11月5日

国連安保理決議1284 - 1999年12月17日

その他の国連安保理声明

 国連安保理は、法的拘束力を有する安保理決議に加えて、サダム・フセインによる継続的な安保理決議違反に関し、少なくとも30の安保理議長声明を発表している。議長声明のリストは以下の通りである。


サダム・フセインによる大量破壊兵器開発

 サダム・フセインは、10年以上にわたり、国連査察官に対する抵抗を続けており、生物・化学・核兵器、および禁止されている長距離ミサイルを含む大量破壊兵器とそれらの運搬手段の開発・入手を目指し続けている。

生物兵器

化学兵器

 サダム・フセインは1980年代末に、イラクのクルド人に対して化学兵器による大規模な攻撃を行い、数千人の死者を出した。フセインの軍隊は、少なくとも10回にわたり、イラン人およびクルド人を標的に、マスタードガスと神経ガスを組み合わせた化学兵器を、航空爆弾、122ミリ・ロケット、および従来の砲弾で使用した。フセインは引き続き、化学兵器開発活動を続けている。

核兵器

 サダム・フセインは、湾岸戦争以前に、高度な核兵器開発計画を有しており、現在も核兵器開発活動を続けている。

弾道ミサイル

サダム・フセインによるイラク国民の弾圧

 国連安保理決議688(1991年4月5日)は、サダム・フセインによるイラク民間人の弾圧を「非難」し、「国際平和と安全保障を脅かす結果となる」としている。また安保理決議688は、フセインがイラク国民に対する弾圧をやめ、援助を必要とする者には直ちに国際人道組織が援助できるようにすることを要求している。フセインは、こうした規定に再三違反しており、女性と子どもに対する暴力を拡大し、罪のないイラク人に対する残酷な拷問と処刑を継続し、引き続きイラク国民の基本的人権を侵害し、またあらゆる情報源の統制を続けている(これには過去10年間におけるジャーナリストその他のオピニオン・リーダー500人以上の殺害が含まれる)。またフセインは、人道援助に従事する人々に嫌がらせを行い、イスラム教徒に対しさらに多くの犯罪を犯し、子どもを政府に差し出さない家族には食糧を与えず、さらにイラク国民の不当な監禁を続けた。

人権監視員の受け入れ拒否

女性に対する暴力

拷問

政治的反対勢力の処刑と抑圧

サダム・フセインによる児童虐待

行方不明者

基本的な自由:言論の自由、出版の自由、情報の自由

食糧の供給停止

イスラム教徒に対する犯罪

 イラクの人口の95%以上がイスラム教徒である。(主としてアラブ系の)シーア派イスラム教徒が60〜65%の多数派を占める。

サダム・フセインによる国際テロ支援

 イラクは、米国国務長官が国際テロ支援国家に指定した7カ国のうちの1つである。 国連安保理決議687は、サダム・フセインがテロを実行または支援すること、あるいはテロ組織によるイラク国内での活動を許可することを禁止している。フセインは引き続き、これらの安保理決議規定に違反している。 


サダム・フセインによる湾岸戦争捕虜に関する説明拒否

 国連安保理決議686、687、その他の決議により、サダム・フセインは、湾岸戦争の捕虜をすべて直ちに解放するとともに、湾岸戦争におけるクウェート人その他の行方不明者および死者の情報を明らかにする作業に協力することを義務付けられている。フセインは、これらの決議に違反し続けている。


サダム・フセインによる略奪財産の返還拒否

 イラクは、略奪財産の多くを返還せずに破壊しており、クウェートは大量の機器の所在がいまだに不明であると主張している。


サダム・フセインによる経済制裁妨害および原油・食糧交換計画妨害行為