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*下記の日本語文書は参考のための仮翻訳で、正文は英文です。

アジア調査会における講演

J・トーマス・シーファー駐日米国大使

2006年3月17日、東京




 本日はお招きいただき有難うございました。私は今回の講演を以前より楽しみにしておりました。アジア調査会は、日米間の交流に重要な貢献を行っています。このフォーラムはアジアの未来に関心を持つ私たちを一堂に会し意見交換を行う機会を与えてくれます。日米関係の将来について皆様に私の見解を述べるようご要請いただき光栄に思います。

 日米関係の将来を理解するには過去を知ることが大切です。日米の同盟関係は当初共産主義の拡大への防波堤として計画されました。この同盟関係は、旧ソ連との冷戦に対応するために米国が世界各国と結んだ数多くの同盟関係のひとつであり、その目的は旧ソ連の拡張主義を阻止することにありました。

 日本に赴任する前、私は駐オーストラリア大使を務めました。オーストラリア赴任中に冷戦時代の同盟のひとつであるアンザス条約の50周年の祝賀が行われました。アンザス同盟の起源に関するスピーチの下調べをしていた時、日本の将来を多数のオーストラリア人がどのように見ていたかを知って驚きました。それは米国の見解よりはるかに悲観的なものでした。

 アンザス条約などの交渉を担当し、後に国務長官となったジョン・フォスター・ダレスは、当初、アジアの大部分を含む同盟を提唱しました。彼はオーストラリア、ニュージーランド、フィリピン、インドネシア、日本に対し、旧ソ連と当時の共産主義国家中国に対抗する勢力となるような、北大西洋条約機構(NATO)と同様の包括的な同盟を米国とともに結ぶことを提案しました。

 さまざまな理由によりこの提案は実現しませんでした。例えばオーストラリアは、日本が「共産主義化」し、再度オーストラリアを戦争に引きずり込むのではないかと恐れていました。これはまったく根拠のない恐れではありませんでした。その頃、中国では毛沢東が勝利して、朝鮮戦争は平和条約でなく休戦協定によって終結し、日本では共産主義と左翼の運動が国民多数の支持を得て非常に活発だったのです。そうした状況では、共産主義国家日本を想像することができないわけではなかったのです。当時オーストラリアの外務大臣であったパーシー・スペンダーは、自国の将来の安全を米国とオーストラリアの近隣国ニュージーランドとの直接の関係に託すことを望みました。彼は、いずれ日本が自由主義世界から離れてしまい、オーストラリアの安全保障を複雑にするのではないかと懸念していたのです。その後、他の国々も同様の不安を抱いていることが分かりました。その結果、米国は大規模な同盟構想を放棄し、太平洋地域において2国間または小規模の多国間の協定を結ぶことを選んだのです。長年にわたり米国は日本、フィリピン、韓国、タイ、シンガポール、南ベトナムとの間で2国間同盟を締結してきました。そしてオーストラリアとニュージーランドとは3国同盟であるアンザス同盟を、また、数多くの東南アジア諸国との間では多国間同盟である東南アジア条約機構(SEATO)を締結しました。こうした同盟関係は、ベトナムで起きた悲劇を除き、アジアにおける平和の維持と民主主義の拡大、自由市場、法の支配の促進のために非常に貢献しています。

 とはいえ、苦労なくして成果が得られたわけではありません。当初は5年間の条約だった日本との安全保障条約を改定するにあたり、日本国内で大論争が巻き起こりました。何十万人もの学生やその他の人々が改定に反対し街頭デモを行いました。暴動が発生し激しさを増したため、アイゼンハワー大統領は訪日計画を取り止めざるを得ませんでした。これは米国の現職大統領による初めての日本訪問となるはずのものでした。幸い日本国民の間に冷静さが戻り岸首相の主導のもとで新日米安全保障条約が批准されました。

 私たちは往々にして、正しい結果をもたらす政策は必然的であって、誰が関与しようと成功するのが当然と思いがちです。しかし日米安保条約の歴史にその考えはまったく当てはまりません。この歴史は簡単に逆の方向に進む可能性もありました。そうならなかったのは、先見の明を持った日本と米国の人々が、日米の連携を相互の利益として見る勇気を持っていたからです。彼らは両国の関係が持つ潜在力を引き出すためにはある程度のリスクを負う必要があると理解しました。彼らが先見の明と勇気を持っていたのです。もし日米が別々の道を歩むことを選択していたなら、この地域の歴史はどうなっていたかを考えると身震いを覚えます。

 今日、日本と米国は世界の2大経済を築き上げています。私たちは、民主主義、自由、寛容が公正かつ繁栄する社会を築くための基本要素であるという普遍的な考え方を共有するに至っています。私たちは希望と自信を持って未来を見ます。

 一方で、私たちが懸念していた世界の状況は大きく変容しました。日米の未来に対する脅威と見られていたソビエト連邦はもう存在しません。共産主義国家として誕生した初期の中国と私たちが今日相手としている中国とはまったく異なります。現在、日本も米国も、市場主義経済の価値を認める中国との貿易を大規模に行っています。50年前には、いや30年前でさえも、日本も米国もこのような状況を予測していませんでした。私は日米関係と同盟関係の成功がこの地域の平和と安定に大きく貢献したと主張します。そのことが、結果として、中国に対しより穏健で対立の少ない外交政策を取るよう促したのです。

 1960年に日本と米国が調印した相互安全保障条約は本格的な同盟へと発展しました。両国は以前にも増して多くのことを協力して行い、共有し、計画しています。日米の同盟はこの地域における両国の外交政策の要となっています。日本を攻撃し侵略しようとする国は、米国の全面的な反撃に会うことをとうの昔に知りました。米国が日本を支援に来るという約束は過去50年以上にわたり有効でした。それは今でも固く守られています。

 今こそ未来に目をむけ、21世紀におけるこの同盟関係の望ましい在り方を決定する時です。日本の有力なオピニオンリーダーである皆さんには、米国がこの関係を対等のパートナーシップとして望んでいることをまず理解していただきたい。私たちはジュニア対シニア的なパートナー関係を求めていません。お互いに快適な関係でありたいと望んでいるのです。今後、日本と米国が世界を常にまったく同じように見るわけではないことを理解しています。文化が違えば物事に対する反応も時には異なります。しかし違いが発生しても、良き同盟国や良き友人というものは、良きパートナーがするようにそれらの違いを解決します。同盟関係を強化し促進するために違いを解決することが自らの利益になると双方が判断するのです。

 数週間前のことですが、米国は「原子力空母の日本への配備は日本の安全保障にとって重要である」という小泉首相の発言に励まされました。以前なら日本の政治家は日本国民に対し「米国人にやれと言われたから」問題を解決しなければならなかったと主張したり、あるいは「他に方法はあると言うのか」といった言葉の反語的な問いを投じたかもしれません。

 小泉首相の発言は私たちに、両国の関係がこれまでに大きく成長してきたことを改めて思い出させてくれました。首相の発言には日米の同盟関係の本質が反映されていると私たちは理解しています。両国は協力して活動していますが、そうすることがお互いの利益につながると双方が判断しているからです。日米どちらもこの友好関係の維持を相手に強制してはいません。米国も日本もこの関係から多くのものを得ています。それが対等のパートナーシップのあるべき姿なのです。

 対等のパートナーシップは、各パートナーが同じことをしたり、同じ価値のものを提示しなければならない、というわけではありません。米国は、アジアでだけでなく世界中で主要な役割を果たさなければならないことを認識しています。それは、米国が他の国々に比べより多くのことを行ったり、多くのものを費やしたりせざるを得ない可能性が高いことを意味していますが、米国は他の国々がもっと活動することを考えて欲しいとも思っています。

 現在、米国はその国内総生産のおよそ4%を国防に向けています。 実質ドルベースで米国は日本の10倍の額を費やしています。米国は今後日本がこの不均衡を認識し、それを削減するために努力することを期待しています。

 現代の兵器システムは非常に有効ですが、また非常に高価でもあります。日本が防衛費に事実上の上限1%という制約に固執し続けた場合、ミサイル防衛のような計画にどのように資金を供給するのかは、時にして米国人には非常に理解し難いことです。

 時折、日本の議員やマスコミは日本の防衛のために米国に支払われる資金を「思いやり予算」ということがあります。私たちは政治的なユーモアや、複雑な問題を単純な標語で表したいという欲求は理解しますが、私たちは実際には思いやり資金を求めてはいません。米国は思いやりで何十億ドルもする航空母艦を造るのではありません。また、思いやりを与えたり得たりするために何十万人もの若い米国人を世界各地に駐留させているのではありません。米国がこうしたことを行うのは、非常に危険な世界が私たちにそうすることを要求しているからです。もし米国の納税者に国防費を負担する意思がなかった場合、世界の様相は現在と大きく異なり、より紛争の起こりやすい状況となっているだろうと私たちは認識しています。私たちは、この資金は主に米国の防衛に費やされていると考えている人が多いことを知っていますが、日本やその他の国民が、資金が日本の安全保障と国際秩序の安定に使われていると理解してくれることを期待しています。

 戦争や紛争は誰の利益にもなりません。法の支配の下で自由と民主主義が発展し、貿易が盛んに行われる、安定した平和な世界がすべての人にとって利益となるのです。しかし、それを実現するためには、最終的に誰もが応分の負担をしなければなりません。

 今日の世界は60年前とは大きく異なっています。ソ連の拡張主義の脅威はなくなりました。しかし、国家対国家の紛争という伝統的脅威は今も存在しています。私たちの同盟は、21世紀のニーズに合わせて変容を遂げる過程にあります。私たちは、潜在的な敵を寄せ付けずにおく抑止力を維持しなければなりません。また、テロリズムのような、国境を越えた脅威に打ち勝つ能力も持たなければなりません。そのために、私たちには創造性と創意工夫が必要とされます。テロリズムのような脅威に対しては、世界の国々の間の前例なき協力を必要とするでしょう。私たちは、テロリストの隠れ家を暴き、資金を枯渇させ、工作員を捕らえ、テロリストに打ち勝つために協力し合わなければなりません。このことに関して、私たちに選択肢はありません。私たちがテロリストを見つけ出さなければ、テロリストが私たちを襲うでしょう。

 21世紀の将来を考えた場合、私たちは日米の同盟関係を変化させ近代化したいと考えています。米国はこの同盟関係を国内及び国際的な脅威の両方に対抗できるものにしたいと考えています。そのための機会として「防衛体制見直し協議」のような課題があります。米国は日米の同盟関係がアジアの平和と安定に貢献してきたように、これを国際社会の平和と安定に貢献する世界的な同盟関係にしたいと思っています。

 アジアを見た場合、将来において米国と日本の利益が大きく分かれる地点を想像するのは非常に困難です。両国ともテロリズムの根絶によって恩恵が得られることを信じています。両国とも社会を変容させる民主主義の力を信じ、また限られた少数の人々にだけでなく、多くの人々に自信と活力を与え豊かにする自由市場の力を信じています。さらに両国とも寛容の価値を信じ、法の支配がもたらす安全を信じています。では、日本と米国はどこで異なる道を進むのでしょう。率直に言ってそんな場所はないと思います。

 日本人と米国人が結束すれば、世界に役立つ強力な勢力となります。それはこの同盟関係を発展させ強化するための強力な理由です。私たちはまた、この同盟関係は安全保障の枠を超えて拡大できると信じています。

 米国は、日米間のより統合の進んだ経済的アプローチが双方の利益になると信じています。今日、両国の経済を合わせると世界の国内総生産の40%を占めています。両国が相互投資を増やし、規制の壁を取り除く努力を行い、それぞれが所有する知的資本と運転資本が膨大であることを認識すれば、両国の未来は途方もない期待に満ち溢れていると思います。

 一方で、経済面での協力を進める機会を逸すれば、双方の国民のために、成長と雇用拡大を生み出す機会を逃すことになります。日本と米国がグローバル化した世界を恐れる必要はまったくありません。それどころか、私たちはグローバル化した世界をリードすることができます。現時点でも両国は競争力を有していますが、両国の経済統合をさらに進めれば、さらに高い競争力を獲得することができるでしょう。今こそそれを試す時です。

 私たちの同盟関係は共通の敵に対する懸念から生まれたものですが、今ではその枠を超えて拡大しています。共通の利益を共有するのに共通の敵は必要ないことが分かっています。共有価値と共有利益が共有の成果を得る機会を与えてくれます。

 米国と日本は、歴史の正しい側にとどまっています。私たちは他に負けない素晴らしい同盟関係と友情関係を構築しました。過去において優れた政策立案者が下さなければならなかった決断と同様の賢明な決断を、将来私たちも下さなければならないでしょう。賢明な決断はリスクなしで行えません。また先見の明や勇気がなくては行えません。しかし、それを正しく行ないその決断が敬意と相互利益に基づいて行われるならば、結果的に現在よりも優れた強力な同盟関係を次世代に残すことになります。そして、それは日本人であれ米国人であれ、すべての人にとって決して悪くない遺産です。