Embassy seal
U.S. Dept. of State
flag graphic
 

トラフィッキング対策: 自治体の取り組みと展望

千葉県知事 堂本暁子
アジアにおける人身売買対策会議
2004年6月23日 於国連大学

イントロダクション

I.TVジャーナリストとして

1.現代奴隷制に関する作業部会

私のトラフィッキングとの問題との関わりは、1980年代の後半に、ジュネーヴの国連人権委員会の下にある、「現代奴隷制に関する作業部会」に参画したことがきっかけである。

 この作業部会では、さまざまな事例を伺うことが出来たが、その中の中心課題であり、最もおどろかされたのは、参加していた委員が提起した「児童の臓器売買」の問題である。

 当時は、「児童の権利条約」の起草作業が別の委員会で進められており、この条約に、臓器売買の問題を盛り込もうという努力がなされていた。その扱いが非常に大きな議論になり、結果的には、Evidenceが不十分ということで、盛り込みは断念された。この議論のために、本来、1988年に予定されていた児童の権利条約の国連での採択が、翌89年にずれ込んだという経緯もある。その時、これがどんなに大きな国際的犯罪であるか、人間の極限的な犯罪であるかということを思い、この問題に取り組むようになった。

 この問題については、その後約10年の歳月を経て、2000年5月に採択された児童の権利条約の「児童の売買等に関する選択議定書」や、2000年11月に採択された

国際組織犯罪防止条約の「人身取引議定書」の定義において、臓器の摘出(removal of organs)が、性的搾取、強制労働などと並んで、トラフィッキングの目的として明記されたところである。

88年当時は、言及することすら、はばかられたこの問題が、国際法の上でも顕在化されるに至ったところであり、国際社会による取組の、一層の強化を切望する。

2.TVドキュメンタリー「The Age of Child Slavery」

 委員会でのこうした経験に触発され、児童売春や児童労働などの問題について、フィリピンやタイを取材することとなった。

 この取材に基づき、「The Age of Child Slavery」と題した2本のドキュメンタリー番組を88年に製作した。 本日は、この一部を、数分間ご紹介したいと思う。

 既にこの時点で、欧米のシンジケートや日本のマフィアが協力していた実態があったが、それから、15年経過し、マフィア側が益々組織化されのに比べ、この問題に対する先進国、途上国の一体的な取り組みがどれだけなされたか疑問に感じる。

    《「The Age of Child Slavery(1988)」(VTR)映写(6〜7分程度)》

II.参議院議員として

その後、参議院議員の時代には、1999年の「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律」の成立に際して、先ほどお話のあった森山元法務大臣をはじめ、多くの議員の皆さんと一緒に携わった。国際的には、「児童の権利条約の選択議定書」の議論が行われていた時期である。

この法律の施行により、多くの犯人が逮捕され、一定の効果が上がったところではあるが、この法律の立案の過程で解ったのは、いかに日本人の関心が低いかということ。日本では、2001年に、児童の商業的・性的搾取に反対する「横浜会議」が開催され、関心も高まったが、引き続き取組を強化すべきということが課題として残った。

 又、当時、世界の流れとして一連の女性の会議が開催された。1993年にウイーンで国連の第2回世界人権会議、1994年のカイロでの国際人口会議、95年の北京での第4回世界女性会議である。

こういった一連の女性の会議が日本でも反映され、国内法としての男女共同参画基本法の制定に至ったが、この基本法の中にもトラフィッキングとリプロダクティブ・ヘルスについては盛り込まれなかった。

III.千葉県知事として

その後、自分は、2001年3月に千葉県知事に就任し、議員時代に引き続き、自治体においてもDV防止などの政策展開に努めてきた。本日のこの講演に先立って、トラフィッキングの事犯の状況や、被害者支援の実態について、警察関係者やNGOの方々にも直接インタビューも行った。

代表的な事例等を、パワーポイントで紹介したい。

1.千葉県におけるトラフィッキング犯罪の様相

(1)トラフィッキング事犯の検挙状況(2003年)

2003年における我が国のトラフィッキング事犯の検挙は、計51件であり、そのうち千葉県内は2件である。他方、トラフィッキングの対象となった女性の数で見ると、計83人のうち23人と、およそ4分の1が、千葉県内の事犯となっている。  3年前には、フィリピンからの女性が12人があったが、それは近年減少し、代わって、コロンビアが増えてきている。

(2)タイ・ルートの犯罪組織の摘発・壊滅(1999年)
タイ・ルートの犯罪組織を摘発し、壊滅に追い込んだ事例が1999年にある。 千葉県警察は、入国管理当局などと協力し、成田空港からタイ人女性を不法入国させた運び屋ブローカーを水際で逮捕した。

逮捕者の供述などにより、彼らが売春組織に、タイの女性をひとり200万円で 売買していることが判明した。 これに基づき、日本側の5つの売春組織の8人と、受け入れブローカー2人を逮捕するとともに、タイ人女性17人を逮捕し、保護した。

さらに、これらの逮捕者の供述により、タイ人と日本人とによる国際的な人身売買組織の存在が判明し、日本とタイの両国の警察が連携した捜査で、逮捕、取締を行い、この組織の壊滅に成功した。

 警察当局が、大使館をはじめとする関係機関と国際的な連携に努め、成功を収めた事例であるが、人身売買組織の壊滅には国際的な連携が極めて大事だと考える。

(3)失業者やホームレスの人々を利用した偽装結婚
失業者や、ホームレスの人々を利用した外国人女性との偽装結婚のケースも増加している。

犯罪組織は、日本人の失業者やホームレスの人々の戸籍を20万円から30万円で買い取り、それを悪用して、国外で外国人女性とその日本人男性との偽装結婚を成立させる。これにより、日本人の配偶者として外国人女性を来日させるが、この際、犯罪組織から数百万円の借金を負わされ、売春などによる支払いを余儀なくさせられるという犯罪パターンである。

これは、受入国側の雇用環境を悪用した例と言える。

2.NGOによるシェルター提供:「Friendship Asia House こすもす」

次に、NGOによるシェルターの提供について、ご報告する。

先日発表された米国政府の年次報告では、NGOによる被害者シェルターとして、東京と横浜のシェルターのみが言及されているが、草の根レベルでは、これら以外にも、外国籍被害者に対するシェルターが複数運営されている。

千葉県で、皆さんに誇れる素晴らしい取組をされている事例があるので、ご紹介したい。

 それは、千葉県の木更津市にある、「Friendship Asia House こすもす」である。 本日は、このハウスを設立・運営されている花崎さんにもお越し頂いている。

(写真の1枚目は、全景)
(写真の2枚目は、入り口)

1991年に設立されたこのハウスは、アジア人そして日本人の、女性と子どもの支援をする施設で、その活動として、

などを行っており、定員は9世帯となっている。

次の写真の、右は花崎さん、左にいらっしゃるのは、フィリピン人のケースワーカーのオカンポスさん。

私もお会いしてきたが、オカンポスさんは、大学のケースワーカーの研修生として来日され、ご自身のお仕事のためにいったん帰国された後に、再度来日され、このハウスで外国人の方々の支援をしていらっしゃる。さらに、オカンポスさんの奥さんもケースワーカーをされているとのことだが、ご主人の来日に続いて、現在は、奥さんも来日され、このハウスで、ご夫婦そろって外国人の方々のお手伝いをされている。

次に、この13年間でこのハウスに入居された方々の出身国を見てみると、ご覧の表の通り、フィリピンの方をはじめ、アジア各国の母親144名、子ども211名にものぼる。

 フィリピンの次に、日本、ベトナム、中国などとなっていますが、圧倒的にフィリピンの方が多い。

次に、花崎さんから伺った事例を3つご紹介したい。

まず、最初は、シェリーさんの例です。

 彼女は、16歳の時にブローカーによって、フィリピンから日本に連れてこられ、スナックで働くうちに、日本人の男性との間にお子さんを出産したが、男性の家族の反対により別れさせられた。別の日本人と結婚したが、その男性も失踪。

 法律上は、「不法滞在の母親」と「無国籍の子ども」とされる彼女たちを受け入れるところはなく、困窮してこの「こすもす」に入居し、二人の子どもは、小学校と幼稚園に入学した。

母親は、入国管理局に在留特別許可の申請をしていたが、ある日、いきなり二人のお子さんと一緒に強制送還されてしまった。

帰されたフィリピンでの生活は、スラムでの孤独な生活であり、その後フィリピンのNGOの努力で再び来日することができ、現在は日本で幸せに暮らしている。

このケースで申し上げたいことは、彼女がトラ十キングの被害者であるという事実よりも、不法滞在者であることのほうが優先して、日本で扱われたという問題。また、日本のNGOとフィリピンのNGOの協力の結果、この親子を日本での幸せな生活に導くことが出来たということである。

次は、マリリンさんの例です。

彼女は看護学校の学費づくりのためにフィリピンから来日し、スナックで働いていた。日本人男性と結婚し、子どもを出産するが、夫は働かず、暴力を受けたため、この「こすもす」に入所した。

その後、子どもの親権をめぐって、夫側と裁判を起こし、いったんは地裁レベルで勝訴したものの、最高裁では、夫側に経済的な安定性があるという理由で、敗訴となった。

実際には、マリリンさんもスーパーに就職しており、一定の経済基盤があったとのことであるが、形式的な理由から敗訴してしまった例であり、やはりこのケースも被害者の立場よりも日本の国内法が優先された事例である。

事例の最後は、マーサさんの例です。

当初、偽装結婚により来日する予定だった女性が、逃げ出してしまったため、マーサさんはその替え玉として、他人の名前とパスポートを使い来日した。日本人男性と結婚し、双子の子供をもうけるが、家庭内暴力を受け、子どもと一緒にこの「こすもす」に入所した。

替え玉として来日していたので、本来の自分の名前を取り戻せるよう、花崎さんのサポートを受けながら、フィリピン大使館で手続きを行い、本人の新しいパスポートを入手することが出来た。

こうした事例から言えるのは、一般的に、日本においては、彼女たちを、形式的に不法滞在者とみなして国外退去させてしまうなど、人権の視点、犯罪被害者の視点で捉えることが十分でなかったということ。人権や被害者保護の視点に立った国内法の整備を急がねばならない。

米国の年次報告書では、「3つのP」( プロセキューションProsecution 訴追, プロテクションProtection 保護, プリベンションPrevention 予防 )という取組に加えて、被害者の視点に立ったアプローチとして、「3つのR」( レスキューRescue 救出, リムーバルRemoval 引離し, リ・インテグレーションReintegration 社会への再統合)の重要性を指摘しており、非常に大切な観点。

紹介したFAHハウスの取組は、まさしくこうしたアプローチととらえられる。

3.千葉県女性サポートセンター

私が、知事に就任した2001年にDV防止法が施行されたが、千葉県では幅広い相談・支援に加え、シェルター機能も有する女性サポートセンターを設置し、女性と子供を一緒に保護することを基本に、DVをはじめとした女性の権利擁護のため、さまざまな支援活動を行っている。

ここでは、対象者の国籍を問わず支援を提供しており、外国籍の女性被害者に対しては、通訳の配置や入国管理局への申請に同行するなどの支援も行っており、昨年度は、相談件数6件、一時保護が14件となっている。

このセンターへの外国籍女性柄の相談や保護の主な事例としては、フィリピン、タイ、コロンビアなどの女性が、日本人男性からの暴力を受けたというケースであり、多くの場合、職員の支援で、生活保護等を受け、自立にいたっている。 また、県内のNPOとの連携により、シェルターの一時委託なども行っている。

女性サポートセンターのシェルターは一時保護が原則なので、その後の自立までのケアーも大事な問題ととらえている。 4.地域に根ざした広範なネットワーク:「家庭等における暴力や児童虐待対策のためのネットワーク会議」 こうした女性サポートセンターの仕組みは概ね全国的なものであるが、次に千葉県の特色ある取組として、広範なネットワーク会議の形成を紹介したい。

人身売買の被害者の多くは女性及び児童であるが、本県では、女性及び児童の双方を対象として、暴力や虐待の防止、被害者の保護を図るべく、関係機関による広範な官民のネットワーク会議をH13年度に設置した。

このネットワークは、県、裁判所、警察、医師会、弁護士会、人権擁護委員連合会、市町村などを構成員とするもので、自治体レベルにおいて、司法分野や医療分野の参画を得られたことによって、大きな成果をあげている

特に、医療関係者の協力は、暴力被害を把握し、支援関連の情報を速やかに提供する上で、極めて重要。これは、トラフィッキングの多くの事例が、売春などによる女性の妊娠や女性への暴力被害を伴うことからしても、家庭内の暴力や虐待についてのみならず、トラフィッキング事案の把握、そして被害者支援といった視点からも有益である。

本県としては、このネットワークに、女性と児童というこれまでの対象に加えて、トラフィッキング対策としての機能を追加していきたいと考えている。

4.日本政府や国際社会への期待

(1)タテの連携とヨコの連携

 取組みのアプローチとしては、タテの連携とヨコの連携の双方の視点が大切。

タテ、すなわち、国−県−市町村の連携については、たとえば、地域において、公共団体やNGOが支援機能等を果たしている際に顕在化するさまざまな課題意識が、国レベルの法制度へ円滑に反映されるような工夫が必要である。

ヨコ、すなわち、関係省庁間や民間セクターなどとの連携については、単に分野間の取組の列挙にとどまることなく、横断的な取組が実効ある形で進められるよう、例えば、先ほど紹介した医療機関の参画や、雇用政策(ホームレス問題など)との連携も重要と考える。

政府は、本年4月に、関係省庁連絡会議を組織し、対策の強化に乗り出したが、横断的な取組を実効ある形で推進してもらうためにも、内閣府のリーダーシップに期待している。

もう一つ大事なことは、国際的な連携。例えばコロンビアのケースでは、コロンビアのビザでは日本への入国が難しいため、コロンビアのブローカーはコロンビアの女性をいったん、ヨーロッパなどに連れて行き、別の国の偽造ビザで日本に入国させる。これには、日本と欧米のシンジケートが強く関っているが、このような国際的なトラフィッキングを防止するには、あらゆる分野、レベルでの国際的な連携の必要がある。

(2)現代奴隷制の3つの要因
ケヴィン・ベイルズ氏は、「グローバル経済と現代奴隷制」と題した1999年の著作において、「現代奴隷制の3つの要因」として次の3点を指摘している。

それは、一つには「人口爆発 (Population Explosion)」、二つ目に「経済のグローバル化と農業近代化革命(Economic Globalization and modernized agriculture)」、そして、三つ目が「強欲、暴力、腐敗の重なり合い(Blended cocktail of greed, violence and corruption)」である。

 この指摘は、現代におけるトラフィッキングの問題の根源を、極めて的確に捉えた、示唆に富む指摘と考える。 過去の奴隷制度の時代から100年以上が経った現在社会において、同じ人間が、商品化され、現代的な形で奴隷となっていることは、極めて忌まわしい出来事であり、20世紀の繁栄の下で、人類にとって最も大きな陰となったと言わざるを得ない。

 過去の奴隷制度の時代から100年以上が経った現代社会において、同じ人間が商品化され、最も暴力的、陰湿な形で現代の奴隷を輩出しているという問題は、われわれに突きつけられた最大の課題である。

(3)関連国際条約の批准と国内法の整備
こうした問題に対処するため、国際的にも多くの条約が作成され、各国は、国内法を整備して、この問題に対処しているが、日本においては、未だ批准に至っていない条約がいくつもあり、それは、国内法の整備がまだ不十分であることと表裏の関係となっている。

 先ほどの事例でも述べたように、我が国においては、犯罪組織が関与する一時的な婚姻や、偽造パスポートなどで入国した多くの人達について、国際犯罪の被害者としての立場よりも、不法に滞在している外国人としての立場の方が優先されてしまっているのが実情である。

 また、裁判という形で、自らの人権侵害を立件することも出来ない状況の中で、日本は、国際的な犯罪組織にとって、トラフィッキングの大きなマーケットになっている。

 このように、被害者の不法滞在が前面に扱われ、犯罪被害者としての支援や、法的な手続きが不十分になってしまうという事態の根底には、やはり、関係する国内法制が、まだ十分に整備されていないという問題、言い換えれば、国際条約の批准が遅れているということが、大きな理由としてあると考える。

この意味で、日本にとって、条約を批准し、国内法を速やかに整備することが急務であり、確固たる制度基盤、社会基盤の下に、犯罪の取締や被害者の支援を強化していくことが必要と考えている。

 人権という視点から考えた場合に、人間の商品化ということは、先ほどのケヴィン・ベイルズ氏の著書が、「Disposal People」となっているように、人間の使い捨てという意味である。

 男性であろうが、女性であろうが、また、外国人であろうが、日本人であろうが、すべての人が、人間としての権利を守られるということが不可欠であるのが、この21世紀である。

 自己の尊厳が保たれるためには、他人の尊厳を尊重する必要があるのと同様に、 外国人の尊厳を尊重することは、実は自らの国家の尊厳を保つことである  今日議論されているこの問題は、文明の発展の中で、最も恥ずべきことである。 我々は、日本国内はもちろんのこと、国際的な協力の下で、これらを地球上からなくしていくための努力をしなければならない。